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格闘技世界一決定戦

頭突きが必殺技だった頃 / 昭和プロレスへのノスタルジー

一部のプロレスファンに捧げる

東京プロレスが消滅し、猪木が日本プロレスに復帰した頃。
記憶が定かではないが、猪木がウイルバー・スナイダーに決めたアブドミナル・ストレッチ(コブラ・ツイスト)に魅されて猪木信者になった我輩であります。日本の格闘技界には猪木がいた(対極の位置には馬場がいた)のであります。猪木率いる新日本プロレスは馬場全日本と比較して決定的に劣っていたのは当時の米国一流レスラーを招聘出来なかったこと。
馬場に対抗するために猪木が取った戦略は3つ。
 ①タブーとされていた日本人(又は準ずる)スター選手同士の対決。
 ②アリ戦を頂点とする異種格闘技戦「格闘技世界一決定戦」。
 ③メジャータイトルを否定するための IWGP(International Wrestring Grand Prix)構想。
②はその後、現在の総合格闘技の原点ともなるべきものでありました。PRIDE (その後の DREAMやSRC)や UFC で使われているオープン・フィンガー・グローブは 猪木VSウェップナー で初めて採用されたものであります。詳しくは説明しないが、アントン・ハイセルがなけりゃーなぁ。新日本も分裂しなかったのに‥‥ねぇ。でも、それだからこそ総合格闘技の誕生に拍車がかかったんですよ。
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猪木VS大木金太郎 の一戦は昭和49年10月10日に蔵前国技館(現東京都下水道局)で行われました。
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大木は日本プロレスにおける猪木の先輩でして、猪木デビュー戦の相手であります(7分6秒 逆腕固めで大木の勝利)。当時の地力としては猪木の方が圧倒的だろうと思いながらも、日本人(一応イメージね)スター選手同士の対決‥‥今でいうガチンコ対決になるという予感から勝敗の行方は正直分からなかったのであります。そう、昭和のプロレスファンはピュアだったのですな。
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総合的に考えれば猪木が優位なのは確実。でもどうなるか分からないと感じたのは大木には頭突きがあったからであります。一発逆転があり得るヘッドパッド(大木の故郷からいえばパッチギか)があったからであります。我輩も含めて一発の頭突きが決まれば猪木も危ないとハラハラしてたもんです。
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しかしながら猪木は大木の必殺技を何十発も受け切りまして、大木の最大の必殺技であった「一歩足頭突き」の2発目のタイミングを見切った強烈なカウンターのナックルパンチからのバックドロップでケリをつけたのであります。終わってからの光景はかなりの感動を人々に与えましたな。

プロレスを斜陽に追い込んだ総合格闘技(PRIDE / HERO'S / 戦極 / DREAM / SRC)が米国の UFC を除き下降線を描き出したこの頃‥‥プロレスに回帰しても良さそうなものでありますが、そこには猪木も馬場も鶴田もいないのであります。


by anton_min | 2010-11-08 22:12 | 格闘技世界一決定戦

我輩の好奇心を満たしてくれるモノとは‥‥?


by anton_min
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